報徳学園創立百周年
母校報徳学園創立100周年記念式典に参列いたしました。
100周年ですので、当然ながらご参列されている方々は大先輩ばかり。その中で、制服姿の合奏は、懐かしい気分を盛り上げてくれました。 記念誌に寄稿しました文章をアップします。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 報徳学園創立百周年おめでとうございます。
90回生卒業生の衆議院議員松岡広隆でございます。
記念すべき創立百周年の記念誌に寄稿させていただけますことを大変うれしく光栄に存じます。
私が報徳学園在学中の中高6年間で学んだことは「以徳報徳の精神」。何事にも耐え抜く心身、それを支える自立的精神、特に、世の為人の為に進み貢献すべしという教えです。
この教えがずっしりとわが身に染み入ったのは、高校3年時に父が他界したときでした。
悲しみと不安と怒りのような感情で混乱している中、それまで授業でしかお目にかかる機会の無かった先生が言葉をかけて下さったり、顔見知り程度の友人が心配そうに肩をたたいてくれたり、葬儀では報徳学園の諸先生方が、まるで家族のように親身になって支えてくださいました。
卒業後は、進学を諦め家業の酒屋を継ぎましたが、「世の為人の為にこの国の仕組みを変えたい。躓いても、壁が立ちはだかっても、やり抜く決意さえあれば必ず道は開けると信じることのできる国にしたい。その為には政治家にならなければ」という思いが日々募ってゆきました。
一念発起で大学受験を決意。合格発表の朝、吉報の速達を握りしめ、母校報徳に恩返しがしたいと、溢れる涙をぬぐいながら心からそう思いました。
大学では何でも興味を持ってチャレンジしましたが、夢を実現するためにひとつだけ続けてきたことがあります。
それは、毎朝起きてすぐと寝る前の1分間、こうなりたいと思う自分を想像することです。私を頼ってきた誰かと手をとって膝をつめて話をしている自分の姿。人に信頼され、一緒に悩み、問題を解決してゆく胆力のある国会議員である自分。私が想像するこの立派な人物は、今の自分からは程遠い人格者ですが、当時から10年間続けている己の「夢」の姿です。
1年の計は元旦にあり。一日の計は朝にあり。そして一日を振り返るのは寝る前にあると聞きました。
父が亡くなるまで、将来何をしたいのかも判らなかった私が、今こうして夢を叶える入口に立つことができたのは、その夢を持ち続けることができたから。夢を持ち続ける勇気がもてたのは、支えてくれる自分のホームグランドがあったからに他なりません。
お金も肩書きも無く時間だけが豊かだった頃、「以徳報徳」の教えに支えられ、ヒッチハイクや船中での出会いで積み重ねられた経験が、今の自分の土台です。
一期一会、他生の縁に思いを馳せ、報徳学園卒業生の一人として、天地人に感謝できる懐の深い政治家になるべく日々精進して参りたいと思っております。
創立二百周年に向けたスタートでもある記念すべき百周年の貴誌に、お祝いのメッセージに代えて感謝の気持ちを述べさせていただきました。
母校報徳学園が一層の躍進を遂げられますよう。
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